私のようなものが、この方を”可愛い人”などと言うのは無礼千万な気もいたしますが…だって本当に可愛い人なんですもの。いつまでも少女であり乙女のスペシャリストでもあらせられるお方”田村セツコ”様。私の少し上の世代の方なら”いちご新聞”と言えばぴんとくる人も多いはず。
セツコさんの本の中に森茉莉さんの一文が紹介されております。
“皮膚にふれる水、又は風呂の湯をよろこび、下着やタオルを楽しみ、朝おきて窗をあけると、なにがうれしいのかわからないがうれしい。歌いたくなる。髪を梳いていると楽しい。卵をゆでると、銀色の渦巻く湯の中で白や、薄い赤褐色の卵がその中で浮き沈みしているのが楽しい。そんな若い女の人がいたら私は祝福する。
私のやうな若輩者が今、森茉莉女史の本を熟読しても感動で心が震えるのですから、セツコさん世代のリアル森茉莉世代は尚の事でせうね。
“おちゃめな老後”という本の中で、
“私の関心は「ごきげんうるわしく日々を過ごすにはどうしたらいいかしら?」ということ…”
“新聞が読めてカフェで珈琲が飲めればそれ以上はいらない。昔から、「屋根裏部屋の苦学生」みたいな暮らしが憧れのスタイル…”
と述べられております。”田村セツコ様のお洒落なお言葉”として、制限を持たず、ここに書き綴りたいと思うほどに、底抜けな明るさのある素敵な名言を、けして多くは無い何冊かの本の中に、残しております。きっと八方塞で身動きが取れない経験をしたからこそ、気づいた悟りのやうなものなのでせうね?!
良いことの後には悪いことがある、これは常に対であり、宇宙の法則のやうなものですから。でもセツコさんの本を読んでると、困ったこともおちゃめのセンス(セツコ流??)があれば、それはそれで楽しめてしまうもので、結局は本人の受け方次第!”災いを転じて福となす”と言いますが、そう出来るかどうかは自分の責任次第なのだと教えてもらいました。気分が乗らない時に楽しもうとすると、人の目にはひどく不自然で不恰好に見えるものですけど、どうせそうなら、身に纏うお洋服もアクセサリーも、そしてハートも、なるたけお洒落をして多いに不恰好に羽目を外してみたいです。後々振り返った時、そんな自分がおちゃめで可愛い人になるはずですから。
いつかのカフェにて。何の本を持ってお出かけしようかしらん?と悩んだ時は、だいたいこの本をかばんへしのばせて出歩くことが多いんです。たんたんと踊るやうな文章が読みやすいので。