黄色い絨毯の日比谷公園

ある日。日比谷公園の中。日比谷公会堂と日比谷野外音楽堂の間にある” 千代田区立日比谷図書文化館 “へ、息子と行って参りました。

紅葉も見ごろをむかえ、平日の公園は家族連れよりも、品のある佇まいの老夫婦や外回りで休憩中のサラリーマンの姿が見られ、これも日比谷という場所柄。
図書館の蔵書も洋書やコンピューター関連、政治経済など大人をターゲットにしており、図書館利用者は男性の数が目に付きました。

奥下の手に取りにくい場所にクウネルが。扉を開けると去年のバックナンバーが揃っておりましたので、全てかかえ通路沿いの席へ。2013/5/1の号にスタイリストの” 大森伃佑子 “さんの特集が、グレース・ケリーやオードリーを髣髴させるスタイリングが添えられて、クラシカルな勝負服に見入ってしまいました。

大森さんご自身が召される服も部屋着と勝負服の中間のカジュアルな服装をしないらしく、
この服にはこのアイテムとスタイルの法則が決まっていて、ここ何十年とそれをつらぬいているそうです。そのアイテムにはアンティークレースの白い付け袖なども含まれていてとってもガ-リっシュ。私が大切に保管している雑誌オリーブを、時々なでるやうに読み耽っておりますと、大森さんのスタイリングの写真に目が止まることがありますが、たしかに80年代のその頃からモデルの服も、大森さんご自身のお召し物も物語性に変わりはなく、その頃からもう乙女でガーリっシュです。トレンドレスで独自性を貫く姿勢。時代は移り変わろうと少女性に憧れを持つことは不変なのだなと、図書館の窓から見える紅葉を愛でつつ、体がとっくりと温かくなっていくやうな気がしました。

美しい黄色の絨毯。秋の匂いと少しの肌寒さが、何とはなしに寂しげでノスタルジックです。

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日比谷公会堂の斜め前にあるフランス料理のレストラン。裏から見ると甘味何処のやふな古民家な佇まいに、” 西洋料理店 “の札で、これまたノスタルジック。

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秋の日曜の夕方少し前

ある日。お家のすぐ近くのカフェにて。

ウッディーなインテリアに植物の飾り方が素敵なお店、” foo cafe “にて甘いチョコレートパフェとマンデリンでまったりした後、

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近くの公園の紅葉を見に。息子の歩く練習もかねて。

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もう少しで1歳5ヶ月。まだまだおっかな吃驚です。

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歩かないとちゅーしちゃうぞ!

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こくのあるマンデリンとチョコレートソースのかかった濃密なアイスクリンで心は充足。

黄色く色づいた銀杏の木を愛でながら、かしかしと落ち葉を踏む。

何でもない穏やかさ。

私の大切な時間。

秋の日曜の夕方少し前。

 

” foo cafe “千葉県松戸市

http://www2.tbb.t-com.ne.jp/foocafe/

http://tabelog.com/chiba/A1203/A120302/12006845/

鉛色の曇り空、” 代官山蚤の市 “へ

ある日。” 代官山蚤の市 “へ。

” この日は生憎の曇り空で、雨もぽつぽつ降り出して “なんて言ってしまふところですが、空気が乾燥して日差し強く、アスファルトの照り返しを受けながらの蚤の市巡りは私にとっては酷で、ぽつぽつぐらいの雨ならしっとりとして、こちらの方が好きなんです。

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ヨーロッパアンティークのレーシーでグレイッシュな世界観に、この日の曇り空はぴったりです。

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森茉莉よろしく、私は品物とその品物へ独自に抱いたロマンチシズムも一緒に購入するので、人が見ると何でこんな物にという買い物をしてしまふから、吃驚させてしまふのだけど…

香しく濃密な珈琲と、しっとりとした路地裏と、ロマンチシズムを感じるアンティークな物に出会えれば、その日はそれなりに幸せな日になるのだからそれでいいのだ。

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エンボス加工が施されたミルク色のぽってりとしたアンティークのスープ皿にスープを注ぎ、丁寧に磨かれた銀の匙ですくって喉元を通る光景は想像しただけでうっとりとしてしまふが、この日出展していたショップの店員さんが、雨に濡れてしまった銀のカトラリーを愛おしそうに拭きながら、アルミ箔と重曹を使った銀の磨き方を他のお客様へ丁寧に説明しているのを、横目で聞いていた。

新しいビルが出来れば、入るテナントはどこも似たり寄ったりで、街は世の中は安くて便利な物に溢れてしまい、そうなると必然に消えていくのが叙情であり、ロマンチシズムであり…私は少々値段が高くとも、面倒でも、手間隙かけてせっせと磨いた銀の匙でスープが飲めるやうな女になりたいと思うこの頃である。

またひとつ、素敵なことが私の中に溶け込んだやうな代官山の蚤の市でした。

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最近借りた本

だんだんと、日が暮れるのも早くなり、日を追うごとに色づく木々の葉。

長く静かな秋の夜。

就寝前のわずかな時間に、温かいミルクティーを側に置いて本を読み耽るのが日課です。

最近、図書館にて借りた本です。

実際に手にすることは出来ませんが、印刷物を通して乙女な夢が広がる秋の夜長で御座います。017a

 

1940~50年代頃の葡萄のブローチ

1940~50年代頃の銀の葡萄のブローチ。

銀メッキが少し剥がれてしまっているのですが、それが真新しさにはない、古物の味わいを醸し出しノスタルジックで素敵です。

子育ての間のわずかな数分を、とぎれとぎれに使ってオンラインショップ再開に向け試行錯誤している最中です。

オープンはいつになるのやら??

という具合では御座いますが、ほんの少しだとしても、手を休めずに進んでいけば、辿り着けるのではと願っております。

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少しずつ大切にオンラインショップ再開に向けて

オンラインショップで販売する予定の商品です。

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東京の喫茶店を、主に芳しい珈琲を提供する純喫茶などの老舗を中心に紹介されております古本で御座います。

今は無き歌舞伎町の” スカラ座 “なども紹介されておりまして、それこそ珈琲をお供に読み耽れば、本の世界へ、自分だけの空間へ引き込まれてしまふでせう。

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子育ての合間のほんの小さな時間を利用して、せっせと、あーでもないこーでもないと、一からやり直したり、不器用ながら…オンラインショップ再開に向けて地団駄踏んでいる最中で御座います。

もっと効率よく出来たらな~と、自分の性格にやきもきしてみたり・笑

” 薔薇色の艶子 “を良いと言って頂ける少ない方々へ、再開まで今しばらくお待ち下さいませね☆

” 旅する少女の憩 “信州・小布施、須崎編

古都が好きです。古い街並みとそれを彩るクラシックな建築。特に路地裏とアンティークなガラスを持つ窓に目がありません。

ある日。信州の小布施、須坂を巡る旅をして参りました。ここにある写真は小布施にある美術館”田中本家博物館”の路地。

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りんご畑の近くにある古い教会” 新生礼拝堂 “へ。” 祈りの栞 “という小さな本が100円で売られていて購入してみました。内容は神様へ無事を願ってお守り下さいと祈るもの。私は普段は信仰心はないのですが、この本は古い物が好きな私にとって何かがノスタルジックで。旅から帰ってきてからも、それが何なのかずっと想い巡らせておりましたところ、少女時代の私にたどり着きました。” 神様、どうか明日の席替えは大好きな高橋君の隣になりますやうに “とか、” 明日の修学旅行は雨が降りませんように “とか、” 仲良しの恵子ちゃんとまた同じクラスになりますように “とか。仏様ではなく、少女のお願いは、いつも決まってキリストの神様です。

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小布施ではちょっと有名な風光明媚な路地。

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本格的フランス菓子を提供してくれる小布施の隠れた名店” Rond-to “、小布施の観光地から少し奥に入ったパティスリーで、観光ブックに載るやうなところより、こういう地元密着の洒落たお店の方が好みです。

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夕食までに時間が空いたので、小布施駅の近くにある図書館へ。ここの図書館は少し変わった作りで、下町の古いビルの小さな図書館に慣れている私にとっては、広々とした天井の高さ洒落た内装に驚きです。

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次の日の帰り際に蔵の町” 須坂 “にある”須坂クラシック美術館 “へ。美術館の通り沿いの、静かな石畳が心地良く離れがたし…

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古都三昧な信州の旅でした。京都ほど豪華で風光明媚ではなく、東京ほどモダンでもなく、雪の降るりんごの街に溶け込んだ様子に肩の力が抜けて、何からくちん☆

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ある日の谷中霊園

ある日。秋晴れの日。思い立って” 国際こども図書館 “へ。この日は日暮里駅経由で向かうことに。途中、谷中霊園付近で休憩をいたしました。ポーランドから来たという観光客の家族に声をかけられ、ブロンドで青い瞳を持つ2歳になるという女の子が、赤ちゃん、赤ちゃん!と色白の天使のやうな笑顔で近づいて来ます。私のつたない英語でしばらく会話をしていると、気を許してもらえたのか、写真を撮って頂けることに。息子は外国人ママに抱かれて大泣きですが、これもお国柄でせう。泣かないでと女の子が息子にキスをしてくれました☆銀座のホテルに泊まっているけど、谷中霊園の辺りは静かだねと遠くを見つめて。どうやら日本愛好家のやうです。

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子どもが出来てからの方が、足しげくお出かけするやうになりました。赤ちゃんという柔らかな存在を通して、日常に様々な人たちと行きずりの会話を交わします。子どもを産む前は自由な時間が制限されるという固定観念が強かったのですが、まあ、確かにそうなんですけれども、世界が広がります。見ず知らずの方々の優しい笑顔やお言葉に心が躍ります。この日の霊園の桜並木は少しですが、薄く茶色く紅葉し、ほんのりとした加減。私はほくほくと穏やかな気持ちで上野へと向います。

変わらずそびえ立つ” 国際こども図書館 “、いつみても美しい風貌にうっとり。

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言問通りを鶯谷方面へ歩いている時に見つけました。古めかしいビルの扉の上のステンドグラス。お花や、幾何学的な模様はよく見られますが、鳥ってあまりないとは思いませぬか??

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私の住む町でクラシックカーショー☆

ある日。私の住む町の秋祭りでクラシックカーのショーが。

外観がかっこいいのは勿論ですが、ハンドルやミラー、メーター、シート…etc。内部のお洒落具合に胸がキュンキュンします。

ぐぐっと覗いて、見つめて、いくら見ていても飽きません。

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“燈火節”という本 片山廣子

この本を知ったのは、熊井明子さんのエッセイ”私の部屋のポプリ”に紹介されていたから。極めて貧しいことを赤貧と呼びますが、廣子さんはその度合いを”これはたぶん赤でなくピンクいろぐらゐのびんばふ”と表現されていて、熊井さんはその感受性にロマンチシズムを感じ、自分のエッセイに紹介されておりました。

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その他にも、うっとりするやうな言葉の幾つか。人には言えない自分の気恥ずかしい部分を、私は間違ってないのだなと、心がふっと楽になるやうなエピソードの幾つか…etc。本を超えて、ひとつの宝物のやうです。

“東北の家”という一節の中に”袷(あわせ)ではまだあついくらゐの名ばかりの秋であった”という一文があるのですが、今様になぞらえるなら、”季節はもう秋だけど、長袖のTシャツだとまだ暑いよね”といった具合でせうか。廣子さんの文は、今の方から見ると、まわりくどく感じられるのではないかと思うのです。でも私はあえて多めに、原稿用紙の升目を使って季節を表すことへの美しさを感じ、私もこうでありたいと本を胸に抱えひとりうっとりいたします。

情緒育まれる秋の夜長かな。